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    2004年11月15日

    銅羅右衛門

    来夢さんの記事見てコメント書こうと思ったけど長くなりそうだからここに書くことにしました。

    で、そのドラED。
    うん、何度も聴いてる。「ナマズはうろこがなーい」っていう意味わからん始まり方するアレでしょ?
    たぶん採用理由の一つに、アニメ「ドラえもん」がヘタレになったっていうのはあると思う。きっと、最近の若い親(と子供)にあまりウケのよろしくないドラえもんを、必死に当てようっていう思いからだとは思うんですが。実際あいつらってミニモニとかのころからやたらお子様に人気あるじゃない?公太郎で媚売ったから。だから子供は結構気に入ってるんじゃねぇの?
    今やωはドラえもんを越えるアイドルなんでしょうかね?まったく、どうなってんだか。世も末だぜ。
    実際は、アニメ作ってる奴の想像力の乏しさとか、やたらにウケを狙おうとする姿勢が作品をダメにしてるわけですが、それに気付いているのやらいないのやら…。
    大体、OPがもうね、ダメダメ。ながーく使ってたアレから換えた時点でダメだけど、それは百歩譲って目を瞑るとする。でも選び方がさぁ…
    ・東京プリン
    ハァ?誰おまいら?(゚听)シラネ
    ・渡辺美里(?)
    意味あるの?ねぇ?
    ・変なアカペラ(現在)
    今時アカペラ?ブームとっくに去ってますよ?( ´,_ゝ`)プッ

    結局ドラえもんのオープニングのはじめに聞こえる「チャラララララチャラララララ…」の旋律の面影がまったくないわけで。おそらくF先生がまだアニメ制作に関わってた時代のドラえもんを長い間見てきた我々には、7時の「ポーン」っていう音からあのメロディへの流れが染み付いているんですよね。だから今「ポーン」のあとに「ウー」とかいうコーラスみたいなのが来ても「えっ?」って思っちゃうわけですよ。
    新しいファンは増えない、もともといたファンも見ない。これじゃどうしようもないよねハハハ川'∀゚川ハハー
    女子高生が狂ったようにドラえもんグッズを買い漁る時代も終わりをむかえ、映画の質も堕ちて見応え0。アニメもどこかで見たような道具やストーリーばかりだし、曲は糞。細かいことを言えば、みんなの服装やドラの色もかなりおかしい。ジャイアンも「母ちゃんのバカヤロー!」とか言い出す始末。今までドラが、せっかく買ったおやつをのび太がジャイアンに盗られて、「うわーん、のび太くんのバカバカ…」とか、ヘマしたドラが自分の頭を叩きながら「ボクのバカバカ…」ってのはあった。しかし、目上の人、ましてや親に向かって「バカ"ヤロウ"」まで言ったのははじめてだと思う。乱暴だけど根はいい奴で通っているジャイアンがあんなこと言ったら台無しである。
    また、変なところは気にする。最近のび太がジャイアンにぼこぼこにされるお馴染みのシーンをまったく見ることができなくなった。それだけではない。お約束だったどこでもドアからのしずかの入浴シーンや、先生のキメ台詞「廊下に立ってなさーい!」などは一切ない。出来杉がずば抜けていてのび太達がいつも悪い点を取っているテストを返すシーンも最近見ない。と言うか出来杉をあまり見ない。ゆとり教育はやめたんじゃないのか?
    そして、ドラえもんと言えばその時代時代の流行などをさり気なく取り入れることで有名だったが、そういった工夫もほとんど見られない。秘密道具のユーモラスでちょっと未来的であり、どこか懐かしくもあるデザインやネーミングも、最近ではすっかりセンスのないものばかり。
    これほど昔のドラえもんと今のそれは違う。ほかにもあげればキリがない。

    しかし、ここまで書いてふと思う。世の中は常に未来に向かって動いている。かつての子供達がそこに未来を見て楽しんだドラえもん。そこで見た未来はもうすぐそこまで来ている。つまり、ドラえもんがいなくても現代の子供達は、かつての子供がそこに見た未来をリアルに見ることができる。かつて子供達に未来という夢を見せてくれたドラえもんは、現代の子供にとっては単なる一つのアニメにすぎないのかも知れないし、ひょっとするとつまらない歴史の遺物になってしまうのかも知れない。そういった中でEDを子供のウケがよい物にしたり、内容を昔の形から換えることでその時代の子供が「ドラえもん」を楽しめれば、それは良いことなのかもわからない、F先生も喜ぶかも知れない。
    でも、フルキヨキ時代のドラえもんを知る俺までくらいの世代のドラえもんファンがいるということも忘れてほしくない。おそらくまだ、アニメ制作者達は忘れていないはずだ。なぜなら彼等もまた、我々と同じ未来を見たドラファンだから。
    その証拠に一つ、情報を手に入れた。
    来年、映画ドラえもんは25周年を迎える。そして、来年一年、映画ドラえもんは一旦その活動を休止することになった。これは映画ドラえもん始まって以来の出来事だ。理由は制作のスケジュールに無理が生じたからだとされているが、俺はその他に、スタッフ達に何か考えるところがあったのだと信じたい。そして再来年、かつてないほどの超大作を引っ提げて、映画のみならず、日本の文化としての「ドラえもん」の復活を高らかに宣言してくれることを心から願っている。

    おわし
    posted by デューク at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする