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    2005年05月14日

    おーい、俺も乗せてくれー!!

    だいぶ乗り遅れた感満載で古い話をお送りします。

    俺の遊戯歴は初期はRDさん、中期は夢珠さん、残りは革命軍のみなさんを目標にがんばっているだけです。途中からあの人がいますが。

    さて、私のカードゲームとの出会いは来夢さん同様ポケモンカードです。確か小学校4、5年だったと思います。裏校舎でI川氏などがカメックス使ってた記憶があるので。
    で、まぁ私も買ってみたわけですよ、スターターを。先頭にあったのはニドキング、2番目はパソ通でした。ニドリーノ入ってねぇじゃん死ねよ!とか思ったっけ…。
    でなんやかんやで中1くらいまで適当にやってて、中2くらいのときに公式の関東大会に出場。これがまぁひどいひどい。予選は構築済みジムリーダーデッキを使ったシールド戦だったんですが、全然勝てねぇの。この時の思い出と言えば、ポケモンカードをデザインした大山さんと対戦したこと。だけ。いや、嬉しかったけどね。
    で、まぁそれが夏だったのかな?その年が明けてすぐにまた大会がありまして、それに抽選で当たってまた行ってきたのですよ。
    で、なんか今回は予選から自分のデッキ使えて、当時あまりよろしいとされていなかった炎タイプのデッキ(まぁ俺のはリザードンデッキです)で挑んだんです。何で炎がよろしくなかったかと言うと、水が普通に便利で強かったのと、弱点と抵抗力の関係で相性の悪いデッキと当たると絶対勝てないとされていたからなんですね。
    でも前回使いそこなってフリー対戦コーナーでくすぶっていた相棒(お気に入りの一弾リザードン、リザードとR団ヒトカゲの進化セット)をどうしても使いたかったんです。
    予選。4人くらいでリーグ式。結果、全勝。にっくき水デッキの切り札カメックスも、ファイヤーを囮に使って、のこのこ出てきたところを「ほのおのうず」でムッコロして勝たせてもらいました。
    でー、なんか緊張でこのあとの記憶がなくて、気付いたら3方向から大勢の人に見られる決勝卓に座っていました。横に司会のカードマスタータカハシ氏と知らないおねーさんがいて、なんかしゃべってましたが、そんなのは耳には入りません。もう目の前の敵を倒すことを考えるのでいっぱいいっぱい。

    バトル開始。

    多少初手が事故っていたものの、出足は好調。ラッキーやブーバーで地味に先制し、サイドカードを2枚程取る。だが、切り札リザードンがなかなか育たない。
    そうこうしているうちに相手はバリヤード(抵抗力をなくすアレ)やピクシー(無色1で相手のワザをコピるアレ)をうまーく使い、俺のラッキーやブーバー、ギャロップなどを蹴散らす。
    とにかくリザードのままでは相手のピクシーが倒せない!よし、ここでパソ通を使い、山札からリザードンをサーチして一気に勝負を決め…

    !?

    ない…?


    そう。

    中房だった当時の俺は金をそんなに持ってるわけもなく、ネットが使えたわけでもないので、リザードンを2枚しか持っていなかったのです。そして、デッキに入れたはずのその2枚はすべて

    残りのサイドカードの中に………


    「おわった…」

    リザードンのパワーに頼りきった俺の明らかなプレイングミスだった。
    仕方がないのでそのパソ通で多少パワーのあるファイヤーをサーチ。あの予選で何度も囮役をこなしてくれたファイヤーです。
    ファイヤーをベンチに出し、育てはじめる俺。(このファイヤーは炎3無色1エネルギーで50パワーだったかな?)

    しかし、こんなクソ重くてやわらかい(HPは60か70程度)奴が無色1でこっちの50パワーをコピーしてくるピクシーの前に通用するわけもなく、あえなくきぜつ。

    相手のサイドカードの枚数:0枚

    俺の負けです。

    結果準優勝ということで、仲間内では割と神扱いされました。しかし、あの決勝はあまりに腑甲斐ない。この敗北の腑甲斐なさと準優勝の勝利の味こそが、今でもカードゲームを辞められない原因であり、辞めない理由でもあるのでしょう。

    あの日唯一俺に勝ったあの男はもうきっとカードゲームを辞めているでしょう。もし俺があの日あのゲームに勝っていたなら、今俺はカードゲームをやっていないのだろうと思います。そういう意味では、あの結果は課題を残す一番いい結果だったのかも知れない…。

    でも勝ちたかった(笑)

    その後、俺は裏面デザインの変更とほぼ同時にポケモンカードを辞めました。そして、何気なく買った週刊少年ジャンプの巻頭カラーの青眼の究極竜にひかれ、遊戯王に興味を持ちました。その頃出会ったのがRD氏だったというわけです。
    考えてみれば、ポケモンカードとの出会いを含めて、歩んできたすべての道が今に繋がる運命の伏線だったように思えます。あの日、たった1枚のリザードンが山札にあったなら、あの日ジャンプを買わなかったなら、今みんなと話をすることもなかった。デュークという名の男は存在すらしなかったでしょう。運命とはそういうものなのかも知れませんね。

    蛇足:悪夢のオーダイルデッキを使いはじめたのはこの大会の直後です。


    おわし

    ポケモン1ポケモン2
    posted by デューク at 03:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする